補陀洛山 志 度 寺 本 尊 十一面観音菩薩 真言宗善通寺派
実際の寺の建立は平安前期らしいが、奈良時代に藤原不比等が海女を弔う死度の道場を建てたのが始まりとも伝えられ、「海女の玉取り」の悲話の残る古刹である。 境内の片隅に、この寺の起源とも言えるであろう海女の墓が、周囲にいくつかの石塔を従えてひっそりと佇んでいる。墓地の入り口に志度町教育委員会の名で「海女の墓」と題してその由来が紹介されていた。 本堂と仁王門は重要文化財に指定されている。珠塗りの五重塔は地元の篤志家の寄進で建てられたという。いかにこの寺は、地元の民衆から親しまれ心の拠り所となって来たかを物語っているのだと思った。
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